しあわせってなにか、考えたことありますか?
しあわせとは「こうなったらしあわせ」という”条件”じゃなく”ものの見方”だと僕は思っています。
今回は、しあわせになりたいと思いながらどんどんふしあわせになっていった僕が、ほんとうのしあわせに気づくまでの道のりを書きます。
よくある質問
Q. しあわせになるには、お金や地位が必要ですか?
A:安定した収入や社会的な地位がしあわせの条件だと言われます。ただ僕は、それは「条件付きのしあわせ」だと考えています。
条件が揃えばしあわせ、崩れればふしあわせ。それは、しあわせが外側にあり続けます。それは不幸じゃないかと思うのです。
Q. 社会になじめない自分は、しあわせになれないのでしょうか?
A:社会不適合者と感じている人ほど、この問いに苦しんでいるかもです。一般論では「社会に適応することが大切」と言われます。
だって学校にはいったら「みんなと仲良く」と教わるじゃないですか。そしてそれが正しいこととされます。
ただ僕は、なじめないことは欠点じゃなく、自分だけの色眼鏡を持っているサインかもしれないと考えています。
Q. ドロップアウトしても、しあわせになれますか?
なれます。というかドロップアウトしたほうがいいと僕は思っています。くわしくは読んでみてください。
まわりから浮きながら、それでも走り続けた
学生時代からずっと、いわゆる「普通」ができませんでした。
ハブられる、浮く、協調できない。
まわりから浮くのが、子どものころからデフォルトの状態でした。
がんばりました。レストランのマネージャー、結婚式の地域統括、そして取締役執行役員へ。
会社を変えながら、階段をのぼりました。資本主義の仕組みのなかで勝ち組になることが、しあわせだと信じていたからです。
なんだけど、取締役になってから、どうにもこうにも、いまの社会で生きるのがつらくなっていきました。
自分らしく生きるとは?
お金より時間を大切にする生きかたもあるんじゃないか?
そんな問いが、じわじわと胸のなかにたまっていきました。
会社が乗っとられて、社会をドロップアウト
ちょうどそのころ、会社が乗っとられました。
半強制的に資本主義という仕組みの外へ押し出されました。
脱サラどころか追いだされたんです。
貯金は底をつき借金は200万円。
無職。
ふしあわせの条件バッチリ。
生まれ故郷の福岡へ帰ることにしました。すべてをリセットしました。
移住というよりもにげかえるようなものでした。
福岡空港に着いたとき、ふっと心が軽くなりました。
「あ、いま僕しあわせだ」と。
残金500円、借金200万、無職。なのに「しあわせだなぁ」と感じたんです。自分こそが、この世界に唯一のしあわせそのものじゃん、と。
しあわせは、色眼鏡だと気づいた
それから僕の世界がすこしずつ変わりはじめました。
ガンバらないことを頑張り、誰かのためじゃなく自分のために生きる。
それをずっと続けました。そしていまもそれを続けています。
1年ごとに、目の前の世界がウソのようにかわっていきました。
気づいたんです。しあわせとは色眼鏡のようなものだと。
お金があるから、地位があるから、認められたから、しあわせ。それって誰かの色眼鏡からみる世界です。
まわりから見れば「しあわせじゃないじゃん」と思われるかもです。それでいいし、それがいいんです。
僕自身、まわりからすれば、もしかしたらカワイソウに見られるかもです。
でも「お金から受けるストレスがほぼゼロ」になり、自分のペースでゆるふわに生きていける。
お金はないけど、時間はある。時間があるから不便を解決できる。
福岡県古賀市の日土水むらで、自由人として生きている。
それがしあわせでしあわせでしょうがないのです。
たまにはSoraでもながめながら、ただそこにいるだけで十分だと思えるようになりました。
多様性とは「しあわせの形が違う」ということ
この考えを誰にも押しつけません。
というよりも、だれにもやらせない。僕だけのオリジナル生活がこのサイトのタイトルの「Zenist-Life(ゼニストライフ)」です。
なんでもいいと思うのです。
そして、
資本主義の枠のなかで勝ち続けることでも。それぞれのしあわせがあり、それを実現させればいいのです。
みんなちがって みんないい
みんなは難しいかもだけど、そんな風に思える人たちとつながりあって生きていければ。
いま、まさに「会社辞めたい」「社会が生きづらい」「自分らしく生きたい」そう感じている。
それはあなたが自分にとってのしあわせの色眼鏡を探しはじめているサインかもしれないのです。

色眼鏡の見つけかた
AIが社会の構造をごっそり変えていくであろう、これからの時代「自分はなんのために生まれてきたんだろう」と悩む人が増えるんちゃうか。
僕はそう考えています。
そのときになにをすればいいか。
自分の内側に問いかけることじゃないかと考えています。
人がいない、もしくは少ないところで、だまっていましょう。
縄や刃物をもたず、しずかにじっとしていましょう。
家でじっとしていてもOK。
しずかにじっとするだけです。

あきたらすぐにやめて大丈夫です。自分のペースで自分のスタイルで、自分とむきあってみましょう。
「あぁこれって僕のワタシのしあわせだ」
そんなものが感覚で出てきます。
あなたにとって、しあわせってなんですか?
すぐに答えなくていいです。むしろ答えないでください。
ただ少し自分の内側に問いかけて、じっとしてみてください。
そのなかに、あなただけの言葉があると思うから。
もしなにか感じたら、よければ一緒に話しませんか。