お金を稼ぐって、偉いとほとんどの人が思っているはずです。
でも、それはいままでの当たり前じゃないかと思うわけです。
これからの未来もなにか交渉してお金や資源をコミュニティに持ちかえる人はいるでしょう。
でも、それが特別な人というわけじゃないと思われるようになるでしょう。
今回はお金を稼ぐこと、コミュニティで生きることの関係について書きます。
Q. お金を稼ぐ人って、やっぱり偉いんじゃないですか?
A:たしかに。いまはお金を稼ぐ人が評価される社会です。ただ僕は、それはいままでの時代の感覚だと考えています。狩猟採集の時代、獲物を仕留める人も、火を守る人も、子どもを育てる人も、みんな役割が違うだけで序列はありませんでした。
Q. じゃあこれからの時代、お金は必要ないんですか?
A:お金がなくなるとは思っていません。ただ僕は、お金の使われかたが変わると考えています。個人が蓄積するものではなく、コミュニティと外の世界をつなぐ道具になっていくイメージです。
その外の世界をつなぐ道具である、お金のようなものを稼ぐのが「翻訳者」だと僕はとらえています。
Q. 「翻訳者」って具体的にどんな人ですか?
詳しくは読んでみてください。
「稼ぐ人が偉い」は、いつからはじまったのか
スローライフやミニマリストという言葉がつかわれはじめたのは、「お金を稼ぐことだけが正解」という感覚に違和感があったからだと思います。
ただ、そもそも人類の長い歴史のなかで「稼ぐ人が偉い」という感覚は、ごく最近のものじゃないかと思うのです。
狩猟採集の時代、コミュニティには獲物をとる人、火を守る人、子どもを育てる人など、知恵を持つ老人がいました。
誰がえらいというのはなく、すべてが生活を、そしてコミュニティを維持するために大事な役割だったんじゃないでしょうか。
資本主義が、お金が価値の尺度という考えかたを生みました。そこで、
「稼げる人=価値のある人」
となりました。でも僕は、それはいままでの時代の感覚であって、これからは変わっていくと考えています。
社会不適合者なもんで。
お金は「翻訳ツール」になる
脱サラや移住、自給自足を選ぶ人はふえているようです。
それは、お金じゃないところに価値を感じ、求めはじめた人が増えているからだと思います。
僕が描くコミュニティの未来では、お金はなくならない。
ただ、その使われかたが変わります。個人が蓄積するものではなく、コミュニティと外の世界をつなぐ「翻訳ツール」になっていく。
外のコミュニティと交渉して、物々交換や共通通貨を獲得して、それを仲間に配る。そういう人が出てきます。
今の感覚では「特別偉い人」に見えるかもしれない。でも僕は、それはただの役割のひとつだと思っています。
料理が得意な人が料理をつくる、それと同じ感覚で。
「渉外担当」という役割
コミュニティには自然とそれぞれの役割が生まれます。
外に出て交渉するのが得意な人、場を整えるのが得意な人、言葉にするのが得意な人。
僕はどっちかというと、コミュニティの魅力を言語化してネットで発信する役割です。
渉外や折衝は、向いている人にやってもらいたいのです。なんせコミュニケーション能力というものがないので。
お金をもってくる人を「翻訳者」と呼んでいるのは、外の資源を持ってくるために、コミュニティの魅力を発信して持ち帰る役割だからです。
「偉い」ではなく「向いている」
パーマカルチャーの考えかたに、「すべての要素が機能を持つ」というものがあります。
コミュニティも同じで、どの役割も欠かせない。ただ向き不向きがあるだけです。
会社辞めたい、生きづらい、自分らしく生きたい。
そう感じている人のほとんどは、「お金を稼ぐことが偉い」という感覚につかれたんじゃないでしょうか。
多様性という言葉が広まった今の時代でも、まだお金の話になると序列が生まれやすいです。
でも僕は、お金をコミュニティに持ち帰るのも、火を守るのも、言葉を紡ぐのも、まったく同じ重さを持つ世界になればと思っています。
それがハイブリッドな縄文時代のイメージです。
コミュニティの魅力を言語化するのも、立派な役割
お金もちじゃなく、時間もちを目指す生きかたをえらんだとき、外の世界との接点が問題になります。
自給自足をするにしても、かならず外の資源が必要なトキがあります。
だから「翻訳者」は必要だとおもうのです。
と言っても、その役割がエラいわけではありません。
翻訳者が動けるのは、コミュニティの魅力をちゃんと言語化してくれた人がいるからです。
発信する人がいて、場をつくる人がいて、はじめて翻訳者は外に持っていくものを手にできる。
たまにはSoraでもながめましょ
そう言えるような余白のある時間もちな生きかた、そこで、それぞれが自分の役割を見つけていく。
これからそんな社会になると思うのです。あなたはどんな役割をやりますか?