ちゃんとやってるのに、なんか違う

誰よりもがんばっている、それなのにむくわれない

そう感じたことありますか?

20代・30代のころの僕は、ずっとそうでした。

とはいえ、その時期があったから、いましあわせに生きられていると思っています。

でも、あのしんどさが何だったのかは、いまならわかります。努力の方向がまちがっていたのです。

そして「たまにはSoraでもながめましょ」のセッションやカフェ会でだれかの悩みを聞いていると、おなじように苦しんでいる人の話を聞きます。

ちなみにですが、こんな話があります。

毎日、海に出て魚を釣り、好きな時間に空をながめて生きている漁師さん。あるとき、コンサルタントに言われました。

「仕組みをつくれば、もっと稼げます。一緒にビジネスにしませんか? あなたの理想の生活が実現しますよ」

漁師さんはこう答えたそうです。

「いま、まさにそんな生活をしているのに、なんでそんな面倒くさいことしなきゃいけないのさ?」

この話を聞いたのは30代のなかばくらい、20代の自分が思い浮かびました。笑えない笑い話だと思いました。

ゴールはすでにそこにあったのに、別の方向に向かって必死に努力していた。

まじめにやっていなかったわけじゃない。努力の方向性が、まちがっていたのです。


Q まじめに生きているのに、なんでしんどくなるの?

A. 努力の方向がまちがっているからです。自分らしく生きるというゴールに向かっているつもりが、実はまったく逆を向いていることがあります。まじめなほど、その消耗は深くなります。


Q じゃあ、まじめに生きるのをやめればいいの?

A. まじめさは手放さなくていいです。まじめにやるのもやらないのも自由です。ただ何のために、誰のためにまじめなのかを問い直すことが大事です。よければ本文を読んでください。


まじめに生きることのコスト

まじめに生きることのコストとは、自分の感覚を後回しにし続けることで生じる消耗のことです。

同じ時間に起きて。同じ場所に向かって。同じ人と顔を合わせて。同じことを繰り返す。

それ自体は、悪いコトじゃないです。

でも、それが正解になったとき、自分の内側が少しずつ死んでいきます。僕自身、そんな感覚がありながらも、その感覚をムシしてがんばりました。

「これをやれば間違いない」

「これが正しい生きかたにちがいない」

自分にそう言い聞かせながら前に進む。だけど自分の内側との距離が開いていきます。

心と体はグルグルおなじとこをまわっている。でも魂はとんでもなく向こうにある感覚。

まじめにやるほど、その感覚が強くなります。そして、その感覚すら忘れて、同じところをグルグルまわるだけになります。

そのうちなにも考えず、ただ同じコトを毎日繰りかえすだけ。

それがドレイの感覚です。

ドレイの感覚とは何か

ドレイの感覚とは、待遇や環境に不満はあるけど、組織のルールにはさからわない、自分でえらんでいない状態です。

お金はもらっている。衣食住に困っていない。客観的には恵まれている。そこそこしあわせ。

それでもしんどい。

それは自分が選んでいない感覚があるからです。たとえば、

  • 仕事の内容も、時間も、一緒にいる人も自分で選んでいない
  • やめたいと思っても生活のためにとどまっている
  • 不満があってもここまでやってきたしという理由でつづけている

鎖でつながれているわけじゃないのに、そこから逃げようとせず、あたえられたことで満足しようとする。

どんなに恵まれていても自分で選んでいない感覚が続くと、人間はじわじわとしんどくなります。

漁師さんの話でいえば、コンサルタントに言われるままに動いていたら、同じことが起きていたはずです。お金が増えても、ドレイの感覚がついてくる。

実際、年商5000億で一億以上年収がある人に話しを聞いたことがありますが、年収一億円でもしあわせじゃなかったそうです。

周りと見はり合う社会

周りと見張り合う社会とは、出ようとすると引っ張られる、目にはみえない空気のことです。いわゆる同調圧力というやつです。

「そんな生きかたしていいの?」

「もっとちゃんとしなきゃ」

「みんな頑張ってるんだから」

そう言ってくる人たちは悪意があるわけじゃないです。どちらかというと親身になって心配をしてくれています。

ですが、ドレイの感覚だから、それが的外れになっていることもあります。自分もそれしか知らないから、そう言うしかないのです。

同じ仕組みのなかにいる人は、そこから出ようとしている人をみると不安になる。だからちがうとこにいかないよう引っぱるわけです。


この記事で伝えたかったことを一言でいうと、まじめさが間違った方向を向くとまじめなほどしんどくなるということです。

  • まじめさの方向が外を向いたとき、人はしんどくなる
  • しんどさの正体は、自分で選んでいない感覚
  • それは悪意じゃなく、仕組みのなかにある

これからAIが社会で普通に動くようになると、このまま同じ仕組みで社会がまわらなくなります。

悪い言い方をすればAIが仕事をうばうし、よい言い方をすればいままでやらなきゃいけないやりたくないことをAIがかわってくれます。

じゃあ、なにをすればいいか。

自分はどう生きたいか、そして逆にどう生きたくないかをハッキリさせることです。

それがドレイの感覚をぬけて、自分らしい人生を生きるきっかけになるはずです。

ドレイの感覚については次の記事でもう少しくわしく。