「AIを使えばいい」って言われても、何から始めればいいかわからない。そう感じていませんか?

ChatGPTやClaudeといったAIツールがウジャウジャと湧くようにでてきました。

そして「で、自分の生活に何が変わるの?」という問いに答えてくれる人はなかなかいない。

この記事はAIにふりまわされず、自分の人生を自分で創造するために「調律」という考えかたを僕の体験をもとにおつたえします。

この記事でいう「調律」とは、AIや社会に流されず自分の価値観とコンディションをととのえることです。

そのためのヒントを僕が体験してきたことからシェアさせてもらいます。


Q. AIを使えば使うほど、自分らしさが失われていく気がします。どう思いますか?

A. 「ツールは中立だから使いかた次第」と言われます。ただ僕はAIがだす答えを知らず知らずのうちに正解として信じると、自分で判断できなくなると考えています。

大げさかもですが、便利に依存し「AIのペット」になるんじゃないかと思うのです。なので意識的に「自分はこう考える」とアウトプットすることが大事だとおもいます。


Q. 脱サラや移住を考えているのですが、AI時代だからこそ有利になることはありますか?

A. 「リモートワークやAI活用で地方でも稼げる時代」と言われます。そのために「AIがつくってくれた余白のある時間を、自分の物語で埋められるかどうか」が大事だと考えています。

そして田舎暮らしをして畑や田んぼにでて自給自足するのは、身体感覚をとりもどし、自分を思いだすために最高の環境、道場だとおもいます。


Q. 「自分を調律する」って、具体的に何をすればいいのでしょう?

A. 詳しくは読んでみてください。あなたにとってなにかヒントになるかもです。


「これが正解」をうたがい、「自分がしっくりくるか」を大事にする

AIは瞬時に「正解らしきもの」を出してくれます。検索も、文章も、スケジュールも。

でも、それはあなたが出したものですか?

AIを小間使いとしてあつかい、効率だけをおいかけると、生きかたがテンプレート化します。そして、それがしあわせだと思ってしまいます。

スローライフやシンプルライフに憧れる人が増えているのは、いままでの「こうすればしあわせ」というテンプレートはなにかちがうんじゃないか?

そんな疑いが、社会の人々に広がっているからだと思っています。

僕自身、古賀市での日土水むらの活動でも、「こうすれば効率的」という声より「なんかこっちの方がしっくりくる」という身体感覚を優先するように意識しています。

遠回りかもしれない、効率がくっそ悪いかもです。

それでも最後に「これでいく」と自分で判を突くこと。それが、AIに人生の主権を明け渡さないための第一歩だとおもっています。

余白のある時間を自分軸の物語にする

AIが仕事の一部を肩代わりしてくれると、時間が生まれます。

その時間をなにに使っているでしょう?

ほとんどの人が、さらなる仕事です。

企画書を1つ作る時間を、おなじ時間で2つ、3つとつくる。というより、つくらされるわけです。

さらなる効率化

もう一つのタスク、そしてさらにもう一つ

それは、AIが作ってくれた余白をAIや社会のためにつかっているだけで、そこにあなたのしあわせはあるのでしょうか。

人間にしかできないこと

「あえての遠回り」や「意味のないこだわり」

たとえば無肥料・無農薬でお米を育てる、できるだけ機械をつかわないとか、めっちゃくちゃ非効率です。

ただ、パーマカルチャー的な発想でいえば、そんな農作業は土のうえにいる雑草を一本一本観察する時間、子どもと泥だらけになる時間、誰にも評価されない日記を書く時間。

そういう「非効率」さが、あなただけのストーリーをつくり、それを何度も重ねることで熟成した、あなたの人生になるんじゃないでしょうか。

一般的社会からみたら、社会不適合者と呼ばれるような生きかた

それを自分でえらぶ人たちが、なぜ生き生きしているか。それは、余白を自分の物語で満たしているからだと僕は思っています。

なんせ社会不適合者なもので。

「知・覚・動・考」のサイクルをまわす

頭でっかちになっていないですか?

情報があふれ、これからAI時代になっていくと、さらに「考えてから動く」という習慣が強まります。

ですが、考えすぎは動けなくなるワナです。

僕が半農半Xの暮らしのなかで気づいたのは、まず身体を動かすと、後から工夫を考えるようになるということ。

土をさわってその質感を感じ、水の温度を感じ、風のニオイから天気を読む。

それは「なんかしっくりくる」「なんか違う」という身体感覚からうまれます。

これはAIには出せない一次情報です。

知る→覚える→動く→考える

このサイクルを意識的にまわすこと。それが最初の一歩になると思っています。

「外側」ではなく「内側」を調える

自分軸でいきていると、外の世界を変えようとする時期がきます。でも、それはゴールではありません。

大事なのは自分が調っているかどうかです。そして、外をかえようとせず、ただ自分と向きあい、自分をととのえることです。

AIや社会をコントロールしようとするのではなく、自分をととのえていれば、世界はそれに応じて予定調和で動いてくれます

いわゆる引き寄せの法則とは、このことを言います。

AIやこれから生まれるであろう最新のテクノロジーを使いながらも、土とつながって生きる。

それは、自分という楽器を丁寧に調律していく生きかたでもあります。

資本主義の枠をぬけ、お金より時間を大切にしながら、自分らしく生きる。

それは「逃げ」じゃなくて、「設計」だと僕はかんがえています。

AIを人類が手にいれた今こそ、自分は何をしたいのか。それを問い直す時期だと思っています。

たまにはSoraでもながめながら、少し立ちどまってみてください。


あなたは今、自分という楽器を誰のために調律していますか? その楽器でだれのために、どんな曲をかなでますか?

よければ一緒にかんがえてみませんか?