今日あなたが自分の体に意識を向けたのは、いつが最後でしたか?
朝起きて、スマホを開いて、仕事にいって、仕事をこなす。気づいたら夜になっていた。
「自分の人生、このままでいいのか?」という違和感だけが、胸の奥にぼんやり残っている。
そんな日が続いていませんか?
今回は「感じるチカラ」について書いてみます。
感じるチカラとは頭ではなく体で自分をとらえる機能です。
シンプルに聞こえるけど、これが現代を生きる僕たちの中で、静かに失われつつある気がしています。
それは考えることを優先しているからです。
Q. 「感じるチカラ」って、スピリチュアルな話ですか?
A.マインドフルネスや瞑想とかで語られることが多いのが感じるチカラです。今ここに集中して、自分の体がどう反応しているかをながめることです。
胸がモヤモヤする、胃がキュッとなる、なんとなく気分が重いなど、体の小さなサインに気づくこと。それだけです。キラキラ、ふーわふわしたことをいうスピリチュアルとは別物です。
Q. 感じることが大事なのはわかるけど、感じたらもっとしんどくなりませんか?
A.そうなる人もいます。感じないようにすることで、なんとかのりきっている人に感じましょうとは言いません。それはそれでいい、と思っています。
ただ僕は、「感じないこと」と「麻痺すること」はちがうと考えています。麻痺は痛みをとるけど、喜びもとる。それがじわじわと、人生の彩りを薄くしていく気がするんです。
Q. 実際にどうすればいいんでしょう?
くわしくは本文を読んでみてください。大事なのは自分のペースで必要なパーツを見つけることだと思います。
感じるという機能

感じることは生きるための基本機能です。それを活用することで僕らは生きてきました。ただ、そのアンテナが鈍くなっていると思います。
空腹を感じるから食べる、危険を感じるから逃げる、悲しみを感じるから立ち止まるなど。
感じることは、自分の居場所や立ち位置を把握するために必要なものです。
という僕も最初からできていたわけじゃないです。ヘリオセントリックの星読みを勉強したときに学び、実践するようになりました。
それまでは仕事をこなして、資本主義のレールの上をあてもなく走り続けていました。そのときは自分が何を感じているかなんて考える余裕はありませんでした。
そこからすこしずつ感じることの大切さを思いだし、感じるチカラをつかうことでラクに生きられるようになりました。
なぜ今、それが難しくなっているのか
スマホを開く。通知が来る。SNSを見る。それにかぎらず仕事や日常のなかで、ほとんどの人はなにかを感じる余裕がありません。
一日中、頭で処理することをもとめられます。体の声というぼんやりしたものより見えるなにかをもとに判断します。
毎日それを繰りかえすうちに「感じるチカラ」が少しずつ使われなくなっていきます。資本主義という仕組みがそうさせているわけです。

ミッドライフ・クライシスとよばれる、30代後半から40代に訪れるあのむなしさ。その根っこをたどると、感じることを後回しにし続けたんだと僕は思っています。
自分らしく生きるとか、シンプルライフなど、そういう言葉に惹かれるのは、体がそろそろ正直になりたがっているサインかもしれません。
こんなふうに思っていませんか
「綺麗事でしょ」
「感じたら余計しんどくなる」
「そんな余裕、今はない」
「結局、精神論じゃないか」
「わかってる。でも動けない」
それは正しい意見です。僕もそう思っていた時期がありましたし。
だからここで「そんなことないですよ」とは言いません。そして、その否定的な感覚に気づいていること自体が、すでに「感じるチカラ」の入口に立っているということです。
誰かに救われることは、たぶんない
カウンセラーも、自己啓発本も、この記事も、できることは「気づくきっかけ」を渡すことだけです。
脱サラした人の話も、田舎暮らしや移住の体験談も、「自分らしく生きる」ためのヒントにはなっても、あなたの扉を開けることはできない。
扉を開けるのは、自分しかいません。
その扉をひらくカギの一つが感じるチカラです。
そして、感じるチカラをつかいながら地味に地道にトコトコとしか進むしかないわけです。
トコトコでいいんです。1年ふりかえったら、なんか変わっていた。それくらいのペースで問題ありません。
時間もちになりたいと思いながら、時間におわれてていいのです。半農半Xをすると思いながらも、電車にゆられてていいのです。
ただ、そんななかでも、ちょっとだけ前に進むための行動をつづけましょう。
最初の一歩は、これだけでいい
それじゃなにをすればいいの?
それは人それぞれですが、たとえば今日の食事、一口目だけスマホを置いて50回かんでみるとかです。
味がする。あたたかい。
まずはでOK。それが「感じるチカラ」をみがく最初の一歩です。
僕が20年かけて身につけたことも、ちょっとした気づきからはじまっています。パーマカルチャーの考えでいうと、小さな観察をつづけること。それが、やがて大きな設計図になっていく。
生きづらさをかかえながらも、自分の感覚を信じて歩き続けること。それがいつかジブンらしさになっていきます。
今回の話をふまえて、あなたはどんな人生を自分で描きたいですか?
答えはすぐ出なくていいのです。地味に地道にトコトコとすすんでいきましょう。