引き寄せの法則を、ためしたコトがありますか。

ビジョンボードをつくって、毎朝アファメーションをして、すでに手にいれたつもりで一日を過ごす。

それでも現実は1ミリもかわらない。

「自分の信じかたが足りないんだ」

そう思って、ありがとうを何万回もとなえる。自分にとって大事なアファメーションをかんがえて、毎朝鏡に向かって言う。

それでも、現実は1ミリもかわらない。

むしろ、悪くなっている気がする。

神さまは、もしかしたら耳が聞こえづらいのかもしれません。


Q.アファメーションをいくらやっても現実がかわらないのはなんで?

A.アファメーションは言葉をつかった現実創造です。でも、宇宙や神さまは、言葉より先に行動を見ていると僕は思っています。土台になる行動の実績がないかぎり、いくら言葉を重ねても現実はうごかなかったりします。


Q.じゃあ、なにから始めればいい?

A.行動です。それも、ちょっとでいい。小さく動いて、ちょっとだけ現実をかえてみる。順番は「行動 → 実績 → 言葉」。この順番を間違えると、何年やってもループから出られないかもしれません。


言葉だけで現実をかえようとしていた15年

僕は15年スピリチュアルにハマっていました。

きっかけは引き寄せの法則です。本を読みまくり、これで一発逆転だと喜んでいました。

「自分の人生が自由でラクになりますように」

そう願いつづけました。ただ、現実は1ミリもかわらなかったです。引き寄せなんておきたためしがありません。

「それじゃなにが足りないんだ。そうだ、言葉だ。アファメーションだ」

そう思って、ありがとうを何万回もとなえました。自分にとって大事なアファメーションをかんがえて、毎朝言いつづけました。

ですが、それでも現実は1ミリもかわりません。カブをふんだまま抜こうとしたあのじいさんのようでした。

というか、悪くなっている気さえしました。

毎朝鏡の前で、自分はできると言いながら、心のどこかで、現実はかわっていないと思っている。

このギャップが、じわじわ自分を削っていました。

もっと信じれば、もっとイメージを鮮明にと工夫を重ねるけど、結果は同じ。

気持ちよくなるだけのループから出られないんです。

社会を半強制的に退場させられて気がつきました。

「言葉は、言葉でしかなかったのかもしれない」

自分が気持ちよくなるだけで、現実はかわらない、と。

神さまは、もしかしたら耳が聞こえづらい

ここで、ひとつたとえ話を。

神さまは耳が聞こえづらいんじゃないかと僕は思っています。

「お願いします」

「こうなりたいです」

と言葉で伝えても、なかなか届きません。

そして言葉はいくらでも飾れます。きれいなアファメーションも、何万回のありがとうも、口先だけならいくらでも出せます。

そして神さまからすれば、なんかブツブツつぶやくのが好きなんだなと言って、ずっとブツブツつぶやける環境を用意してくれるのです。

でも、行動はちがいます。本当にやりたいなら動きます。最初はおっかなびっくりでも、すこしずつ前にすすみます。

だから、動けていないなら、そもそもそこまでのぞんでいないか、心の生活習慣病が動くのをジャマしているかのどちらかです。

そして神さまからすれば、おぉこいつコレやりたいんだなと思い、それを手伝ってくれます。

実際に、いまの生活はそうやって、いまできることをやっていたら、少しずつカタチになっていったんです。

これはオレすごいだろ、という話ではないです。だれにでもできることを知ってほしい、そして一歩だけふみだしてほしいのです。

行動が先、気持ちはあとからついてくる

まず行動することです。行動して結果をだし、そこから次の工夫をかんがえることです。

「やる気がでたら動く」

「これが準備できたらやる」

これは自分の行動をとめる呪文です。やる気は行動したら出てくるものです。頭でかんがえず、とにかく動く。

感じるまま、思いつくままに動くだけです。これは昭和に生まれ、平成にいき、令和まで生きのびている、僕ら中年がもっている武器です。

ただ、それは僕より若い子たちでも、かならずできます。世のなかには魔法はありません。行動することでしか現実はかわらないのです。

なぜそう言えるかといったら、僕がそれをやったからです。

とにかく現実を1ミリでもよくするために行動することを意識しました。実際に行動もしまいた。

動きながら工夫をかんがえるようになり、現実はどんどんかわっていきました。

そのうち自分で現実をつくっている感覚がうまれ、結果がでました。

創造意識というのは、たぶんこういうコトです。

「あ、これやってみよ」

で、すぐ動ける。制限もない、許可も待たない。軽やかに心地よく生きられるようになるんです。

ウソじゃないよホントだよ。

そして、小さな行動をつづけると自分への信頼、自信になります。それが、また次の行動を呼びます。

もうなんかのジャンキーになるようなもんです。ウソじゃないよホントだよ。

そして気がつくはずです。自分がほしかったのは、外側のなにかじゃなくて、こういう自分で生きられる心地よさだったんだと。

じゃあアファメーションは意味がないのか

アファメーションが無意味というわけじゃないんです。アファメーションだけをやるのが無意味ということです。

自分はできるを何の実績もなく言うのと、小さな行動をやりつづけてアファメーションをいうのは効果はあります。

そして、そのうちアファメーションいらないよね、となります。たとえばお金もちは、

「ワタシはお金もちだ」

と言い続けないはずです。

「うん知っているよ」

と思うはずです。

まずは行動する、その行動をみとめる言葉を自分にかける。それをやり続け、最終的に自分はそうであると暗示をかけなくても環境がそうなっている、それが本来の現実創造じゃないかと僕は思っています。


この記事で伝えたいのは「現実をかえたいなら、言葉より先に行動しようぜ」ということです。昔の僕に伝えたいことです。

神さまは耳が聞こえづらいかもしれません。でも、目はちゃんとひらいています。

今日から、なにか動いてみる。

地味に地道にトコトコと1ミリずつ現実をかえていく。

そのなかで、自分が本当はどう在りたかったのかが、すこしずつ見えてきます。

僕は15年かかりましたがアナタはもっと早くてもいいんです。

あなたのペースで進めばいい。

あなたが決めればいい、それだけです。