SNSを開くと、だれかの田舎暮らしの写真、だれかの脱サラ成功談、だれかの自由そうな毎日。
「いいな」と思った0.5秒後、
「それにくらべて自分は」と、なんかせつない気持ちがやってくる。
そんな感覚ありませんか?
これは心の生活習慣病の比較中毒という状態です。
だれかとくらべるのが習慣になりすぎて、自分が正しいという感覚がマヒしているような状態です。今回はその正体と、少しだけ楽になるヒントについて書きます。
Q. くらべることで向上心が生まれることもありますよね。比較中毒とはちがうんですか?
A. たしかに。ただ問題はくらべるコトが「成長」ではなく「自分を責めるため」になっていることです。スマホを見るたび自己肯定感が削られる、やめようと思ってもやめられない。これは意志の弱さではなく、脳が最適化しすぎたんだと思っています。
Q. スローライフや田舎暮らしに憧れるのに、それを実現している人を見ると素直に喜べない。これも関係しますか?
A. 関係している可能性はあります。「いいな」と感じたトキ「でも自分には無理だ」「あの人だからできる」が来るなら、それは比較中毒とどうせ無理が合わさった状態です。憧れが燃料にならず、消耗に変わっているわけです。くわしくは本文を読んでみてください。
いつからくらべるのが習慣なったのか
比較中毒も、ある日突然そうなったわけじゃないのです。
「お兄ちゃんはできるのに」「あの子を見習いなさい」「みんなはもうできてるよ」
などなど、そんな言葉を空気を吸うように頭にいれてきた結果です。
学校で順位をつけられ、会社では評価される。
社会のシステム全体が、だれかと自分をくらべて劣等感をえることで動いているのです。
そのなかで何十年も生きていれば「まず他者と自分をくらべる」が自動化するのは当然です。
そしてSNSをみたりするのは、毎日毎年、誰かとくらべて劣等感をもつという行動に燃料を投下しているのです。
スクロールするたびに、だれかの「うまくいっている場面」だけが流れてくる。
移住した人、脱サラした人、シンプルライフを実現した人。
それはその人の人生のほんのちょっとの良いところなのに、比較中毒グループの脳は「あの人の全部」と「自分の全部」とカンチガイしてくらべてしまいます。
そして、これはあなただけじゃなく、まわりのみんなと一緒につくってきた習慣です。
「あの人いいな」の先
比較中毒のやっかいなところは、「いいな」という感覚が入り口になることです。
いいなっていう気持ち、これは本来のアンテナが反応しているんです。スローライフいいな、お金もちより時間もちでいたいな、自分らしく生きたいな。その感覚は本物です。
でもそのあとすぐに「それに比べて自分は」が来ると、せっかくの信号がノイズに変わってしまいます。
他者の状態を基準にして自分を測りはじめる。気がつけば「いいな」は自分を責める道具になっています。
「どうせ自分には無理」「あの人だから」「自分には才能がない」
実際はなにも調べていないのに、頭がつくりだした結論を現実としてうけとる。
それは誰かと自分をくらべて劣等感をもつという習慣が生みだした妄想です。
おれはキムタクにはなれない キムタクもおれにはなれない
これは昔、ツイッター(現X)でバズったツイートです。
キムタクはかっこいいです。その他テレビの向こうにでてくるスターは輝いています。
だけどそんなキムタクが、もしあなたになりたいと思ってもなれないわけです。
あなたの人生を、あなたの体で、あなたの感覚で生きる。それは、この地球でただひとりあなただけにしかできないことなんです。
他の人にはない経験、体験、表現方法は、本来だれかとくらべるものじゃないのです。
僕は「自分には生きている価値がない」と本気で思っていました。30年以上、そう信じつづけていたんです。
だれかと自分をくらべることで、自分は劣っているという気持ちを毎日のように更新していたんです。
宗像市に移住して、空をながめるのが当たり前の生活をするようになって、どんな空もそこに良さがある。自分もこの空と同じでいいんだ。そう考えるようになりました。
情報の断捨離
比較中毒から少しずつ抜けていくためのポイントは、シンプルです。
「いいな」と感じた瞬間にとまることです。
「ふぅ〜ん、この人はこうなんだなぁ」
と思うだけになれば、生きることがラクになります。気づけば誰かとくらべて劣等感をかんじる自分がいなくなります。
そこから、その「いいなぁ」がどんな表情をしているかを観察することです。いいなぁと思ったら、体のどこが反応するか、過去におなじような感覚はなかったか、それを紙に書きとめてみるのもアリです。
そこからスマホをさわる時間を減らすとか、つかう時間を決めるとかして、意識して情報をいれない練習をしてみましょう。
あなたはキムタクにはなれません。
でもキムタクも、あなたにはなれないのです。
あなたにしか生きられない人生が、今日もここにあります。
たった一度の、たった一人のアナタの人生、誰ともくらべず楽しんでみませんか?